“ごーいんぐ まいうぇい”
    『恋愛幸福論で10のお題 Vol.7』 より
 


 学生アメフトの本番は高校も大学も秋ではあるが、毎週末の公式戦三昧が、地方予選にあたる都大会と、関東大会の狭間、11月の初旬に微妙な空隙を迎えるのもまた例年のこと。特にブームというわけでもないのだろうが、昔ほど“スポーツといえば…”が限定されなくなって、その裾野が随分と広がって来た昨今には、アメフトを楽しむ層も数を増し、チーム数も増えたものの、そこへと立ち塞がる“少子化”の波が高校生プレイヤーの数を頭打ちにしてくれており。

 「ガレージキットだの同人誌だのの、
  交流イベントに行くと、どこが“少子化”だって言いたくなるがな。」
 「蛭魔さん、そういうとこにも行かれるんですか?」

 おうよ、帝黒の同人QB女の秋の新刊も持っとるぞ。うあ、ベアだ、かわいいvv…と、そっちへ話がずれ込んだ、泥門後衛 師弟コンビへと、

 “……おいおい。”

 そりゃあもうもう、色んな意味でツッコミたかったのが桜庭ならば。パステルカラーのロケットベアが描かれた、愛らしい絵本仕様のオフセット本を楽しそうに開いて微笑う、小さな韋駄天ランニングバッカーさんへ、

 「……。」

 口は開かないしお顔だって、いかつい無表情のままながら。それでも、ふと視線が合った瀬那の側が、

 「あ…。//////」

 すぐさま“ぽう”と頬を染めた辺りから察して、微笑ましいことよという色合いの眼差しでも向けていたに違いない…と思われる、剛腕ラインバッカーさんと。相変わらず、見た目は華やか、でもでも、彼らを同級生として知ってる人が見たなら、どどどどういうつながり?と小首を傾げてしまう人も少なくはなかろう4人組が。中秋の陽気の下、レンガ敷きの遊歩道を、朗らかに談笑しつつ歩いており。

 『え? 携帯を買い替えるんですか?』

 小型軽量電子機器は触れる端から壊してしまう、現代の“破壊神”としても有名な進清十郎さんが(ちょいちょい ちょいちょいっ・笑)毎日所持していたってのに、これまで2年も無事だった、奇跡のアイテムだった携帯電話。さすがにとうとう破壊されたか、あれ一つだけ無事だったなんて 別な厄を招きそうで怖かったんだよななんてな、どさくさ紛れに微妙に失敬なお声も上がった中、

 『たまきさんが気に入った機種のと買い替えることになって。
  そのついでに、家族全員で“何とか割”とかいうのへ乗り換えるんですって。』

 同じ会社で統一されていれば、家族間通話がタダになり、他への料金もあれこれお得になるというアレに、そういえば…

 「最近のは、恋人だの友達だのも家族並みの扱いになる登録が出来るそうだしな。」
 「いやあの、えとあの…。///////」

 べ、別に、あのその。/////// たまきさんに そういやボクの契約先はどこかなんて事も訊かれはしましたけれど。そいで、それってあたしが一目惚れしたケータイの会社だ、丁度いいじゃないなんて言われもしましたけれど、と。問われて落ちず語るに落ちるの典型バージョンを、勝手に演じてくださったセナくんであり。相変わらず可愛いねぇと、微笑ましげに眸を細めた桜庭くんの傍ら、

 「人との約束や何かを黙ってられるやつが、自分の内緒へはこれだもんな。」

 こういう奴が、妙な奴に騙されて保証人になったり謂れのない借金抱えたりしちまうんだ、お前しっかり守ってやれるのかと。放っておくとすたすたと、何mも先へ先へと行ってしまいかかる仁王様の背中へ向けて、そういう話が妙にお似合いの悪魔様が挑発的なお言いようを投げかければ、

 「…大丈夫だ。」

 ひたりとわざわざ立ち止まってまでして振り返った進さんが、そんな風に応じて見せる。おや これは意外なことよと。蛭魔のみならず、セナくんまでもが“え?”とお口を真ん丸に開けてしまうのへ、

 「無体な約束を取りつけよう者があれば、俺が黙ってはおらぬから。」
 「ほほぉ…。」

 お不動様 vs 金髪の悪魔様。突然始まってしまった重厚な睨み合いに、通りすがりの皆さんまでもが殺気を感じたか、ザザザッと身を避けるようにして場を空けてくださり、

 「やあ、これは見通しがよくなったねぇ。」
 「さ、桜庭さんたら…。」

 小手をかざして、Q街モールの果てへまで。のんびりと眺めやってる場合ですかと、セナくんが声をかけたものの、

 「いいんだよ、放っておいて。」

 周辺の皆様へのご迷惑うんぬんならば今更な話なんだし、注目だったらさっきからのずっと受けてたし。え? 気づいてなかったの? ああうん、僕が一緒だったからってのも多少はあるんだろうけれど、四者四様、結構いい方向での個性派ぞろいの顔触れだったからか、

 「セナくんや進へと“おっ”なんて眸を向ける人も一杯いたんだよ?」
 「え?え?///////」

 思わぬ指摘を振り向けられて、えっ?と どぎまぎしているセナなのを、気づいてなかったの?という意味の苦笑に見せかけ、その実、うまく誤魔化せたことへこそ、くすすと笑ったアイドルさん。

 “二人にしたって、本気で剣突き合ってるワケじゃないんだし、それに…。”

 どうでもいいことへほど相変わらずの及び腰が出てしまって覚束ないセナと、どうでもいいことへまで強腰なせいでか、バランス悪くも肝心なところが足らなさすぎる進とという二人には、蛭魔もある意味 何かと心配でしょうがないのだろうに。そんな気遣いするのもまた癪だからと、ああいうカッコで突っ掛かることしか出来ない人で。

 “本音を見せられない性分と立場なんだから仕方がないとはいえ…。”

 あの悪魔様の喧嘩腰を恐れない人が恋人になってよかったことよと、そういう順番でほこほこ笑える桜庭くんは、既にしっかと感化され切っておいで。誰も割り込めない顔合わせでの睨めっこはどのくらい続いたものか。

 “…もう いっかな?”

 芝居や何やで言うところの“呼吸”を数えての丁度の間合いへ、さてと手を挙げ、

 「さあさ、そろそろお店へ行こうよ。」

 睨み合いによる一応の意志の疎通を果たさせてから、そこまでですよと割って入るタイミングもお見事に。実は収拾がつけられなかったんじゃあという二人の間に割り込んで、場を執り成すのにも慣れてるらしい桜庭くんこそが、このメンツの中じゃあ一番お強いのかも知れないなと。大きな眸をキョトンと見開き、上手に収めた手際に見とれたセナくんが実感したのは言うまでもなく。ほれほれ歩いたり歩いたりと、全員を進行方向へと向けさせての、歩め歩めと促したその時だった。

 「…っ!」
 「やっ、キャアッ!」

 甲高い悲鳴が上がり、前方の雑踏からざわざわっという荒々しい気配が立った。何だ何だと見やるうちにも、慌てて左右へと別れていった雑踏が、丁度彼らの眼前、微妙に距離を置かれていたが故に空隙になってたところの手前でぱかりとその壁を開いた格好となり。そこから勢い余って飛び出して来たのが、

 「うおっっ?!」

 向こうさんも、まさかこんなところにぽっかりと空いたところがあるとは思わなんだのか。退け退け退けと乱暴に行く手を掻き分けてたはずの手が空振った先を、驚きの眼
(まなこ)で見据えたものの、

 「泥棒っ!」

 背後からそんな声が立ったのへ、はっと我に返ったのも素早くて。そういや、地味な色合いのジャンパー姿の男の持ち物に、白地にブランドロゴの入った女性用のポーチ…いやさショルダーバッグは何とも似合わない取り合わせ。ここまでで“はは〜ん”と状況を察することが出来た人は、まま多かっただろうが、

 「…っ!」

 一見しただけじゃあ腕っ節までは不明なれど、人様のものをかっぱらうというそんな物騒な人物目がけ、ザッと軸足屈めて構えたそのまま、正しく“瞬走”で躍りかかってねじ伏せるところまで。実際にやってみようとする人はそうはいなかろうし、

 「うがぁっ!」

 あまりに素早い襲撃だったので。何が躍りかかって来て、何がどうして自分が生暖かいレンガの上へ引き倒されているのか、盗っ人男には何が何やら判らなかった、そこへと目がけて、

 「…っ。」
 「ダ、ダメですっ、進さんっ!」

 じたばたしかけた抵抗への反射か。片方の腕を背後へ回させ引き倒した相手の背中へ馬乗りになってた勇者様、その黄金の右腕をひじからぐっと背後へ引き上げ、そのまま“トライデントタックル”が炸裂しかかるまでのほんの数瞬という、流れるような仕儀の狭間へ、こちらさんもまた果敢に飛び込んだ人があり。

 「捕まえただけで十分ですよ。」
 「…そうなのか?」

 さして逼迫もしないお顔で訊かれたのへと、何度も何度も頷いて。この上 何か危害を加えては、過剰防衛とかになっちゃいますよと、必死で雄々しき腕へとぶら下がったセナも大したもの。

 “あのくらいの負荷、本来だったら何の負担にもなりゃしねぇ奴だろうにな。”

 ベンチプレス 何キロでしたっけね?
(苦笑) 数値的にはそうであれ、相手が誰かを瞬時に見極め、繰り出しかけてた瞬殺の鉾がぴたりと一時停止したのもこれまた妙技。そんな反応があると判っていたやらどうなやら、下手を打てば自分まで吹っ飛んだかも知れぬ攻撃へ目がけ、恐れを知らずに突っ込んだセナもまた、日頃は臆病なくせに果敢な真似をしたもので。

 「そりゃあまあ、
  今のを制
(と)めずにおいたらば、
  こいつの脇腹、肋骨何本逝ったか知らねぇがよ。」

 そんな恐ろしい鉄槌が降ってくるところだったんだよと、わざわざ引ったくり男の鼻先へ屈み込んで、ぼそりと言って差し上げた蛭魔が付け足したのが、

 「いっそのこと、
  バッグ盗られた姉ちゃんが
  どんだけ怖い想いをしたかを、
  体験させてやったってよかったんじゃね?」

 肉薄な口許をにいと引っ張りあげての、いかにも恐ろしそうな笑いようで、捕らわれの盗っとを見下ろした悪魔様の傍ら、

 「まあま、今のはセナくんの言い分の方が正しいって。」

 警察ですか?と、蛭魔が差し出した携帯で最寄りの交番へ…実は番号を直で登録されているらしい…連絡していた桜庭が、過激なお言いようはいけませんと窘めており。ほんのついさっきまでは奇妙な茶番劇を繰り広げての注目を浴びていた面々が、今度はそりゃあ鮮やかに引ったくりを捕まえてしまったこの流れへ、

 「…え? 何かの撮影?」
 「だって、桜庭くん居るし。」
 「そうよそうよ、他の子もきっとデビュー間近いタレントよ。」

 野次馬に回った人々の中、そんなこそこそとした囁きが立ってしまったほど、どこか現実離れした一幕だったらしいです。




       ◇◇◇



 いえ勿論、そんなややこしい撮影なんてもんじゃあなかったので。程なくして駆けつけた警察関係の方々へ、犯人を引き渡しつつ これこれこうでとの説明をし、被害に遭われた女性ともども、一旦最寄りの派出所まで皆して運んでの、事情聴取を終えるまでに結果1時間弱ほどかかってしまい。単純な案件だってのに手間取りやがってよと、聞こえよがしなぶつくさを言いかけた悪魔様の態度へこそ“ひええっ”と身をすくませていたセナだったという、何だかあらゆるところの順番が妙な一同。何とかお役御免となっての表へ出て、さてとと本来の用向き目指して、もうすっかりとその顔触れも入れ替わってしまっている雑踏の中を歩み出す。あれでも彼らなりのコミュニケーションで盛り上がっていたのにね。何だか水を差されたなあと、微妙に言葉少なくなっておれば、

 「…小早川は優しいのだな。」

 不意に、そんな呟きが聞こえて。え?とお顔を上げた韋駄天くんの、木枯らしにさらされてか、それとも興奮してか、真っ赤になってた頬の縁。枯れ葉の切れっ端か髪からすべり落ちたのを、ちょいと取ってやらんとした、大きな手が触れて来て。

 「ついカッとなっていたから。」

 これがゲーム中だったなら。相手も防具をまとっていただろし、何よりある程度は覚悟あっての参加だからね。体だって鍛えて臨んでいたはずで、峨王ほどの殺人サックでも仕掛けぬ限り、速攻で負傷とまでは運ばぬはずだったろうが、

 「あのままだったらあの男、蛭魔が言ったように怪我を負っていたかも知れん。」

 それへと思慮が向かなんだ自分より、ずっと冷静だったのだなと。進さんの大きな手のひらが、セナのくせっ毛が撥ねる頭をポンポンと優しく叩いてくれて。

 「あ、えと…。////////」

 伸ばされてのこと間近になった腕から伝わる、ふんわりした暖かさ。頼もしい進さんは律義でもあって。ありがとうやごめんなさいを忘れない人なんだよねとの再確認に、セナの頬までますますのこと暖かさを増したほどだった。そしてそして、

 「どこの小学生か。」
 「妖一、それ言い過ぎ。」

 すかさずの、だが こそっとした…自分にだけ届いた、素直じゃあないお言いようへ、桜庭がくすすと苦笑をこぼす。ややこしい恋をしている彼らだってこと、単純そうに見えて 実は複雑な恋なのを、粘り強くも成就させた二人だってこと。

  ―― 知っている以上は見守っててあげたい

 ホントは優しい悪魔様の、そんな気持ちが判っておればこそ、自身の定規も差し替えられる。恋ってホントに偉大だねぇ。結構な活劇を挟んだのにもかかわらず、何ともほこほことした心持ちにて、少し前をゆく連れのお二人の会話を聞いておれば、

 「あのあの、でもあの。ちょっと違うんです、それ。」

  ―――― はい?

 青系のチェックのネルのシャツにくるまれた小さな肩を、なお小さくすぼめたセナであり。違うって何が?と、残りの3人がほぼ同時に首を傾げておれば、

 「だからあの、あの人が怪我をしないようにって思ったからじゃなくって。」

 慌てなくていいよと、目許をほのかにたわめた進に絆され。ほうと胸元押さえ、息をついたセナが言うには。


  「進さんが。
   暴力をふるったって誤解されたらどうしようかって、
   それしか思ってなくて。」

  「……………はい?」


 訴えられたらどうしようとか、警察の人たちも身内の言うことは証言にはならんと聞いてくれなかったらどうしようって。だってさっき蛭魔さんが、友達やこい…恋人、も、家族同然て扱いになるとか言ってましたし。同じ携帯買い替えようかって言ってるほどなんだから、ただの知り合いじゃあなかろうとか聞かれて。証言は取ってくれなかったのに記録にはそれが残されて、何かのおりに心ない人から恋人とやらと歩いていたから気が大きくなってたんじゃないのかとか、謂れのないこと言われたりして、

 「そんなして酷いことになったらどうしようかって。」
 「小早川?」
 「お前の“走馬灯”はどういう基準で回っとるんだ。」
 「…妖一、はしょり過ぎ。」

 キョトンとしている進さんの傍ら、今にも蹴ってやらんと脚にバネをためてる蛭魔さんを、必死の羽交い締めで押さえている桜庭さんだという、とんでもない背景を背負ったまま。どうしたらどうしたらと既に目許が潤んでるセナくんも、結構な“唯我独尊”だと思う人、手を挙げて。(ちょいちょい ちょいちょいっ。)





  〜Fine〜 09.11.06.


  *何だか引ったくりづいてる当サイトですが。
   他のお部屋も読んでる人にしか
   判らないことだから、ま・いっか。
(おいおい)

   ……じゃあなくて。
   引ったくりというのは、
   単なる置き引きや万引き、掏摸以上に凶悪で。
   たとえ被害者が引きずり倒されなくとも、
   どんな言い訳も利かない“強盗”扱いになります。
   こんなことをゲーム感覚でやってる子たちもいるなんて、
   世も末だよなぁ。


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